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東京地方裁判所 平成3年(ワ)10743号 判決

原告

中央鋼材株式会社

右代表者代表取締役

久富順平

右訴訟代理人弁護士

中根洋一

右訴訟復代理人弁護士

堀士忠男

被告

大和証券株式会社

右代表者代表取締役

江坂元穂

右訴訟代理人弁護士

渡辺留吉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は原告に対し、金三四二六万九六六七円及びこれに対する平成三年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一判断の基礎となる事実

1  原告は昭和六一年五月から被告の本店営業部と株式、債券などの売買を委託する取引を始めた。

2  原告は昭和六二年四月八日、被告に対し、証券買付け資金として三二二八万二〇六四円を交付し、被告はこの資金により、クラレのスイスフラン建てワラント債八〇ワラント(以下「本件ワラント債」という。)を原告の計算において買い付けた。

ところが、その後、本件ワラント債の価格は下落し、回復することがなかったため、被告は原告の計算により、これを次のとおり、三回に分けて、原告手取り売却代金額合計一〇八五万四五〇四円で売却した結果、右買付け金との差額である二一四二万七五六〇円が取引損となった。

(1) 昭和六三年五月三一日、一〇ワラント、売却代金一〇五万九三八三円、取引税五八二六円、差引精算額一〇五万三五五七円

(2) 同年六月二〇日、一〇ワラント、売却代金九九万七〇〇七円、取引税五四八三円、差引精算額九九万一五二四円

(3) 平成二年一月二九日、六〇ワラント、売却代金八八三万五九三〇円、取引税二万六五〇七円、差引精算額八八〇万九四二三円

(以上の事実は当事者間に争いがない。)

3  原告は、右2の損失が被告の営業担当者である岡澤啓次の無断買付けによって生じたものであるから、その使用者である被告は原告に対し、右損失相当額の損害を賠償すべきであると主張する。原告が岡澤による無断買付けの事情として主張する事実関係は、次のとおりである。

(1) 被告会社本店営業部の岡澤課長は、昭和六二年三月中旬ころ、原告代表者に対し、「投資信託を一億円お願いする。二年間拘束があるが、相当の利回りがある。一億円の資金の金利コストはいくらですか。金利コストが年六パーセントなら、これを一パーセント下げましょう。条件として、先に一パーセントの二年分二〇〇万円の利益を先出ししてお渡しする。」と申し向けた。原告代表者は岡澤に対し、右利益供与約束を被告会社が責任を持つことを確認した上で、これに応ずることとした。

原告は同年三月二四日、被告に一億円を委託し、被告の株式転換社債ファンド八七を購入した。

(2) そこで、岡澤は原告代表者に対し、右利益の先出し約束の履行のため、「何を買うか一切考えなくてよいから、約三〇〇〇万円を三週間預けて下さい。そうすれば、必ず二〇〇万円以上利益を出します。」と申し述べた。原告代表者は同年四月八日、岡澤の指示により三二二八万二〇六四円を被告に委託する趣旨で出捐した。

(3) 岡澤は、これにより原告の一任を受けたとして、原告に具体的銘柄の説明をすることなく、無断で本件ワラント債を購入した。右は無断買付けに該当する。

4  次に、昭和六三年六月から一二月までの間に、被告の本店営業部において、原告の計算により、次のとおり東レ株式八万株(以下「本件東レ株」という。)の信用買付け及び売却がなされ、原告に合計一二八四万二一〇七円の損失が生じた。

(1) 買付け

昭和六三年六月二二日、東レ株式八万株、買付代金合計七八八〇万円、被告手数料三五万九五〇〇円(原告出捐額合計七九一五万九五〇〇円)

(2) 売却

① 昭和六三年一二月一九日、五万六〇〇〇株、売買代金合計四八四九万六〇〇〇円、被告手数料二八万一四八四円、取引税二六万六七二八円、信用金利一五六万八八三六円(差引精算額四六三七万八九五二円)

② 同月二〇日、二万四〇〇〇株、売買代金合計二〇八八万円、被告手数料一五万二七八〇円、取引税一一万四八四〇円、信用金利六七万三九三九円(差引精算額一九九三万八四四一円)

(右事実は当事者間に争いがない。)

5  原告は、右4の損失が被告の営業担当者である石橋健司の無断買付けによって生じたものであるから、その使用者である被告は原告に対し、右損失相当額の損害を賠償すべきであると主張する。原告が石橋の無断買付けの事情として主張する事実関係は、次のとおりである。

(1) 前記3の(2)記載のとおり、岡澤は昭和六二年四月八日に原告から預かった約三〇〇〇万円について、三週間で二〇〇万円の利益を出す旨約していながら、同年四月末日を過ぎ、五月一〇日を過ぎても決済履行せず、原告代表者の督促に対して時間を下さいと弁解を述べるに至った。その後、岡澤は、本件ワラント債の決済をしないまま転勤し、同年七月、岡澤の後任は柴崎芳幸課長となったが、同人も、「被告が元本と金利を保証していることは分かっています。」ということであった。

(2) 昭和六二年八月、本件についての担当者がさらに上席である石橋健司次長となった。原告代表者は、翌昭和六三年一月末ころ初めて、石橋から、本件ワラント債が暴落しているとの説明を受けた。これに対して原告代表者は、本件ワラント債暴落による損失の責任は前記岡澤の対応等によるものであるとして、その回復を被告の担当者としての石橋に求めた。

種々の経緯の後、石橋は、右損失の回復のためとして、原告に日新製鋼株式を信用買いすることを勧めた。原告は鋼材の商社であり、鋼材の市況に明るいことから、右損失の回復を被告が行う趣旨で、右日新製鋼株式の信用買建を了承し、石橋は原告の計算で、昭和六三年六月二一日、一株九五二円で一〇万株の信用買いを行った。

(3) ところが、石橋は、翌二二日、原告に無断で右日新製鋼株式を売却した上、これに代えて、原告にまったく相談なく、本件東レ株の信用買いを行ったのである。

同日以降、日新製鋼株は上がったが、これに反して東レ株は下がり、再び買値にまで上昇することはなかった。

6  原告の右3及び5の無断買付けの主張に対し、被告は、これを否認するとともに、次のとおり主張する。

(1) 被告の顧客勘定元帳(〈書証番号略〉)によれば、本件ワラント債について買付け約定が成立したのは昭和六二年三月三一日、所定の受渡日は同年四月八日であり、原告はこの受渡日に買付代金三二二八万二〇六四円を原告振出の小切手で支払っている。この取引について、原告は、岡澤から何を買うのか一切考えなくてよいから約三〇〇〇万円を三週間預けてほしいといわれて指示された金額を出捐した旨主張する。

しかし、証券会社の営業担当者が証券投資の勧誘をするのに、最大関心事である商品の銘柄を黙秘するがごときことは、一般的にはありえないことであるし、顧客が三〇〇〇万円余りの大金を出すのに、投資対象も聴かずに勧誘に応ずることも、社会通念上ありうることではない。仮にあったとすれば、買付け商品の銘柄の選定を営業担当者に任せたと考えるのが妥当である。銘柄の選定委任は、原告の社会的身分、地位等に照らせば、適法と認めることができる。

本件では、仮に原告の主張を採ったとしても、受渡日に、確定した代金の小切手を原告が振り出した段階で、原告は銘柄及び数量を確認したと認められるので、少なくともこの段階で、原告は本件ワラント債の買付けを承認したものというべきである。

(2) 被告の信用取引顧客勘定元帳(〈書証番号略〉)によれば、原告は信用取引で昭和六三年六月二一日に日新製鋼株式一〇万株を買建て、翌二二日これを売却して四〇万一〇一一円の利益を上げ、同日本件東レ株を買建て、さらに同月二四日に神戸製鋼所株式一〇万株を買建て、この神戸製鋼所株式を同月二七日に売却して六九万九三〇六円の利益を上げている。

ところで、右日新製鋼株式の信用買いをするのに必要な買建金の一割の委託保証金が信用取引口座に皆無であったことから、原告は右日新製鋼株式一〇万株の買建金九五二〇万円の一割に相当する九五二万円を昭和六二年六月二二日に入金したが、同日、日新製鋼株式を売却処分すると同時に、新たに本件東レ株を七八八〇万円で買建て、さらに同月二四日に神戸製鋼所株式一〇万株を買建てたため、これに必要な委託保証金五一三万円のうち、三四九万円が不足することとなり、原告は同月二五日に右不足額を追加入金している。

この事実は、原告の無断買付けの主張を根底から覆すものであると同時に、昭和六三年九月一日付けで原告が石橋に対し、石橋の責任を問う趣旨で〈書証番号略〉の書面を書かせた際にも、無断買付けの主張をしておらず、右書面にもそのような記載がない事実とも符合する。

(3) 原告は、本件ワラント債及び本件東レ株の取引も含め、すべて自己の責任において証券の取引をしてきたものであり、相当な利得を得ているにもかかわらず、損失の生じた右各取引について、損害の賠償を求めているものである。原告に生じた損害は、原告の自己責任により負担すべきものである。

二争点

原告の計算においてなされた本件ワラント債及び本件東レ株の買付けが原告に無断でなされたものであるかどうか。

第三争点に対する判断

一損失保証ないし利益保証の約束の私法上の効力

1 本件訴訟における原告の請求は、前記第二に摘示したとおり、被告の営業担当者が原告に無断で証券を買付けたことにより原告に生じた損害の賠償を求めるものであるが、原告は、当初、被告の原告に対する損失保証ないし利益保証の約束(顧客に損失が生ずることとなり、又はあらかじめ定めた額の利益が生じないこととなった場合には、証券会社の負担においてこれを補填するための財産上の利益を提供する旨の約束。以下同じ。)の履行を求める趣旨で本訴を提起したものであり、その後、平成五年四月九日に無断買付けを予備的請求原因として掲げた上、本訴提起後約二年を経た平成五年七月二九日に初めて、損失保証ないし利益保証の約束の履行請求に代えて、右無断買付けを請求原因とする旨の主張をするに至ったものである。また、本件ワラント債に関する原告の無断買付けの主張は、約三〇〇〇万円を預ければ必ず二〇〇万円以上利益を出す旨の約束を信じて、銘柄等を聴くことなく、求められた金員を支出したというのであり(前記第二の一の3の(2))、本件東レ株の無断買付けの主張も、損失保証ないし利益保証の約束の履行を求める過程において発生したとするものであり(前記第二の一の5)、いずれも、無断買付けの主張自体が損失保証ないし利益保証の約束を前提とするものとなっている。右主張及び主張変更の経過から明らかなとおり、本件においては、原告主張の無断買付けに係る事実関係は、原告が被告から損失保証ないし利益保証の約束を受けたとする主張と密接に関連するものであるため、直接の争点である無断買付けの有無についての判断に入る前に、証券取引における損失保証ないし利益保証の約束の私法上の効力について検討しておくのが相当である。

2  有価証券の売買その他の取引につき、証券会社が顧客に対し、損失保証又は利益保証をすることは、平成三年法律第九六号「証券取引法及び外国証券業者に関する法律の一部を改正する法律」をもって、網羅的かつ厳重に禁止された(右法律による改正後の証券取引法第五〇条の二第一項第一号、第二号)(なお、右五〇条の二の規定は、平成四年法律第八七号により一条繰り下げられ、同条の三となっている。以下同じ。)。同法は、更に、証券会社の顧客が自己の要求によりそのような約束を得ることも禁止し(右法律による改正後の証券取引法第五〇条の二第二項第一号、第二号)、これらの禁止規定は、懲役刑を含む重い刑罰をもって強制されることとなった(右法律による改正後の証券取引法第一九九条第一号の五、第二〇〇条第三号の三)(なお、右一九九条一号の五の規定は、平成四年法律第八七号により一号繰り下げられ、一号の六となっている。)。これらの行為については、右法改正前にも、証券会社が行うことを禁止する規定が設けられていたが(右法律による改正前の証券取引法第五〇条第一項第二号、第五八条第一号)、右改正法は、損失保証や利益保証等により証券取引の秩序が大きく歪められた苦い経験を踏まえて、健全な証券取引秩序を維持するため、損失保証及び利益保証のほか、そのような約束のない損失補填についても、証券取引秩序を歪めるものとして、具体的かつ網羅的にその態様を掲げて、証券会社がこれらの行為を行うことを禁止するとともに、顧客に対しても、これらを要求して実現する行為を禁止し、違反行為に対しては、懲役刑を含む重い刑罰を課することにより、励行させることとしたものである。

この改正法は、平成四年一月一日から施行されたが、刑罰規定については、遡及処罰を避けるために、施行日以後の行為にのみ適用することとしている(右法律附則第二項)。

右のように、法律が損失保証及び利益保証について網羅的かつ明瞭に禁止し、しかも、その禁止の趣旨は、証券会社のみならず、これらを要求して実現した顧客にまで刑罰をもって臨むという厳格なものであることからすれば、損失保証及び利益保証は、証券取引秩序を損なわせる反社会的行為であり、そのような約束が仮になされたとしても、その約束は、公序良俗に反し、民法九〇条により無効であるというべきである。

3  原告は、もし損失保証ないし利益保証の約束を無効とすると、証券会社が取引により利益を上げたときは無効を主張せず、損失が生じたときにのみ無効を主張するという事態が考えられ、これでは顧客保護の要請の合理的範囲を越え、かえって公正を害すると主張する(平成五年二月一二日付け原告準備書面第一〇項等)。

しかし、右改正法は、損失保証及び利益保証を網羅的かつ明瞭に禁止するとともに、これを懲役刑を含む重い刑罰の対象とするなど、禁止規定を私法上の規制のみにとどめず、厳格な履行を図っているのであるから、原告がいうように無効の主張をするかどうかが証券会社の選択に委ねられるようなことにはなりえない。原告の右主張は当をえない。

なお、証券取引上の十分な知識経験を有しない一般の顧客に対し、特定の銘柄の証券を購入すれば確実に利益が得られるかのような不適正な勧誘をし、その結果、証券取引に適合性のない者が証券取引に関与して損失を生じたような事例では、そのような不適正な勧誘が不法行為を構成することがありうるが、このことと損失保証ないし利益保証の問題とは、問題となる場面を異にすることは、後に述べるとおりである(後記三の3)。

次に、原告は、右改正法の目的とするところは証券会社及び大口顧客の規制であり、原告のような一般投資家には右規制は及ばず、損失保証ないし利益保証の約束は、法改正の前後を問わず有効であると主張する(平成五年二月一二日付け原告準備書面第一一項等)。しかし、改正法は、網羅的かつ明瞭に損失保証及び利益保証を禁止しているのであり、しかも、その禁止の対象は、証券会社のみならず、顧客にまで及んでいるのであり、法律のどの文言をみても、原告の主張を裏付けるような部分は見当たらない。原告のこの主張も失当である。

二改正法が施行される前の損失保証ないし利益保証の約束の私法上の効力

1  本件訴訟において損失保証ないし利益保証の約束の有無が問題となっている行為は、いずれも改正法が施行される前のものである。そのため、右改正法が、法施行前の行為にどのように適用されるのかが問題となる。

この点についての当裁判所の見解は次のとおりである。すなわち、損失保証ないし利益保証の約束が改正法施行前になされ、改正法施行後にその履行が求められた場合には、その損失保証ないし利益保証の約束が有効か無効かを判断するにあたり、改正法の存在を前提として考えるべきである。したがって、当該損失保証ないし利益保証の約束が改正法施行前になされたものであっても、その約束は公序良俗に反し無効であると解すべきであり、改正法施行後にその履行を請求することを許すべきではない。ある契約の履行を許すべきかどうかの裁判所の判断は、その判断時に適用のある法律に則ってなされるべきものであるからである。このことと、刑罰法規が遡及適用されないことを混同すべきではない。

2  原告は、右法改正は本訴提起後に成立したものであり、これによって既存の契約の効力に関する解釈に変化が生じるいわれはないと主張する(前記原告準備書面第七項)が、ある契約の履行請求を許すかどうかの裁判所の判断は、その判断時に適用される法律に則って行われるのが原則である。その場合、当該契約の履行請求に関する裁判所の判断は、ただ一つしかないのであり、その契約の効力を判断時に適用される法律をもって判断したからといって、原告主張のように、当該契約の履行請求に関する裁判所の解釈に変化が生ずるものではない。原告の主張は採用できない。

三損失保証ないし利益保証を証券会社の不法行為又は不当利得ととらえ、損害賠償請求又は不当利得返還請求をすることが許されるか。

1 右一及び二に検討したのは、損失保証ないし利益保証の約束の契約上の効力であるが、次に、損失保証又は利益保証を証券会社の行う不法行為ととらえて、証券会社に対し、証券取引による損失を損害として賠償請求をし、あるいは、損失保証又は利益保証が無効であることを理由に、その約束に基づいて交付した金員を証券会社の不当利得であるとして返還を求め、これにより取引損を回避することが許されるかどうかを検討しておく必要がある。損失保証又は利益保証の約束を公序良俗違反であるとして、無効と解しても、これを不法行為又は不当利得ととらえることにより取引損を回避することができるのであれば、顧客としては、実質的に損失保証又は利益保証の約束の履行を受けたのと同等の利益を得ることが可能となり、公序良俗違反としてその契約上の効力を否定することが実質的に無意味となるからである(現に、原告は、平成三年一一月二九日付け原告準備書面第三の三において、そのような主張をしている。)。

2 前記改正法が、損失保証及び利益保証を明瞭かつ厳重に禁じたのは、それが健全な証券取引秩序を害し、証券取引上の公序良俗を損なう反社会的なものであると評価したためである。そうだとすれば、これらを証券会社の不法行為又は不当利得ととらえて損害の賠償又は不当利得の返還を求める請求があった場合にも、社会的にみて容認できない法律行為の実現を望む者への助力を拒むことを趣旨とする民法九〇条(公序良俗違反)と同趣旨の規定である民法七〇八条(不法原因給付)を類推適用して、損害の賠償又は不当利得の返還の請求を否定するのが相当である。このように解しなければ、前記改正法が実現しようとする目的を実質的に害することになるからである。

3  なお、証券取引上の十分な知識経験を有しない一般の顧客に対し、特定の銘柄の証券を購入すれば確実に利益が得られるかのような不適正な勧誘をし、その結果、証券取引に適合性のない者が証券取引に関与して損失を生じたような事例では、そのような不適正な勧誘が不法行為を構成することがありうるが、これは証券取引に適合性を有しない顧客を証券取引に引き込むことの違法性を問題としたものであり、損失保証ないし利益保証が問題となる場合とは場面を異にする。損失保証ないし利益保証は、一般に、証券会社にとって営業上重視しうる顧客との間で行われるものであり、証券取引に適合性のない者との間において問題になることはない。本件原告も、証券取引上の知識経験は十分に備えている者である。

以上の見解を前提として、本件訴訟の争点について、順次判断することとする。

四本件ワラント債の買付けが無断買付けであるかどうか。

1  原告代表者本人尋問の結果中には、昭和六二年三月ころ、「二〇〇万円の利益を出すためには約三〇〇〇万円の資金を提供していただきたい。」との話が岡澤からあり、どういう銘柄をどうするという話がまったくないまま、原告は被告に三二〇〇万円余りを提供し、その後、この資金で本件ワラント債が買い付けられたことが判明したとの部分がある。ただし、原告代表者が岡澤から右のような話を受けたとする日がいつであったかは、原告代表者本人尋問でもはっきりせず、他にこれを明瞭にする証拠はない。

一方、岡澤は、同人は原告から株式等買付け資金の提供を受けるつど、原告に銘柄、数量等を知らせていた旨証言している。

2  そこで、両者の供述の信用性について検討する。

被告の顧客勘定元帳(〈書証番号略〉)によれば、本件ワラント債について買付けが成立したのは、昭和六二年三月三一日、受渡日は同年四月八日となっており、原告はこの日に買付代金三二二八万二〇六四円を原告振出の小切手で支払っている。

右事実によれば、本件ワラント債は、原告代表者が認識した約三〇〇〇万円の範囲内で買付けられており、買付けと払込みの間に一週間以上あること、原告は払込みに際して、一円単位の端数まで正確に小切手の振出をしていることが認められる。しかも、この時点で岡澤ないし被告にとって、買付商品の銘柄及び数量を原告代表者に伏せておかなければならない理由は格別見当たらず、一方、常識的にみても、一円単位の端数のある金員の支払を求める場合には、それが何に使われるのかを説明するのが自然であり、仮に説明がなければ、聴いてみるものであると考えられる。それが三〇〇〇万円を上回る資金の提供である場合には、なおさらのことである。原告代表者にはその記憶がないようであるが(原告代表者の供述)、原告代表者にその記憶がないとすれば、それまで被告の営業担当者の勧めに応じて投資をして、それなりに儲けがあったことから、被告の営業担当者を信頼して、説明を受けた具体的銘柄に大きな関心がなく、そのために記憶に残らなかったという可能性も十分にある。

原告代表者が本件訴訟の証拠収集の目的で、岡澤に電話し、その結果を録音した録音テープの反訳書である〈書証番号略〉においても、その目的からして、原告代表者としては、最大限自己に有利な質問をして、岡澤から予定した供述を引き出そうとするはずであるのに、右無断買付けについては、岡澤から何の供述も引き出していない。

さらに、証券会社により株式等の買付けがなされた場合、一般に、所定の部門からそれを記録した書面が顧客に送付されることとなっており、本件ワラント債の買付けにおいても、同様の措置がとられたと認められるが(証人岡澤の供述)、これに対して、原告代表者が異論を述べた形跡はまったくなく、かえって、原告代表者は、本件ワラント債の買付けを了知した後、相当期間経過するまで、本件ワラント債により、利益が生ずることを期待する態度を示していたことが認められる(原告代表者の供述等)。このような原告代表者の態度は、自己の預託した金員が無断で証券取引に用いられたとする主張とは、相いれないものである。

これらの事実に照らせば、本件ワラント債の買付けが原告に無断でなされたとする原告代表者の前記供述部分は、たやすく信用できず、他にこれを裏付ける十分な証拠はない。

3  原告の本訴請求の態様をみても、原告は、当初、本件ワラント債の買付けについて、それが原告に無断でされたことを問題にしていたわけではなく、昭和六二年三月二〇日ころ約一〇〇〇万円を被告に預託して買い付けた長谷川工務店のCB(転換社債)と同様に、右買付けによって損失保証ないし利益保証の約束が履行されるべきことを主張していたのであり、その後、右主張が受け入れられないと分かると、その請求に代えて、無断買付けを主張して、不法行為に基づく損害の賠償を求めてきたものであり、このような請求の態様の変遷からみても、本件ワラント債の買付けが原告に無断で行われたとする原告代表者の供述は、信用することができない。

したがって、本件ワラント債について無断買付けがなされたことを前提とする原告の請求は理由がない。

4 なお、仮に原告が、当初訴状において主張したような損失保証又は利益保証の約束の履行請求に再度請求原因を変更したとしても、前記一及び二に説示したように、その約束自体が公序良俗に反する無効なものであるから、その履行請求については、損失保証ないし利益保証の約束の有無を審理するまでもなく、これを認容する余地はない。また、損失保証ないし利益保証をしたことを不法行為ととらえ、あるいはそれらの約束に基づく給付を不当利得ととらえる請求に変更したとしても、それらの約束の有無を審理するまでもなく、これを認容する余地がないことは、前記三に説示したとおりである。

五本件東レ株の買付けが無断買付けであるかどうか。

1  原告代表者は、本件東レ株の買付けが無断買付けである旨供述する。

しかし、〈書証番号略〉によれば、被告が前記第二の一の6の(2)において主張する事実が認められる。右事実によれば、原告は本件東レ株の信用買いの委託保証金を払い込むに際して、併せて買建てた神戸製鋼所株式の委託保証金との合計額ちょうどの金銭を払い込んでいることが認められる。しかも、原告は右神戸製鋼所株式については、無断買付けの主張をしていない。また、この時点で石橋ないし被告にとって、買付商品の銘柄及び数量を原告代表者に伏せておかなければならない理由は格別見当たらず、一方、常識的にみても、必要な額の委託保証金の払込みを求める場合には、それが何に使われるのかを説明するのが自然であり、仮に説明がなければ、聴いてみるのが自然であると考えられる。それが三〇〇万円を上回る取引保証金の提供である場合には、なおさらのことである。原告代表者には、その記憶がないようであるが(原告代表者の供述)、原告代表者にその記憶がないとすれば、本件ワラント債の取引の場合と同様に、それまで被告の営業担当者の勧めに応じて投資をして、それなりに儲けがあったことから、説明を受けた具体的銘柄に大きな関心がなく、そのために記憶に残らなかったという可能性も十分にある。

また、原告代表者が本訴のための証拠収集の目的で、石橋に電話し、その結果を録音した〈書証番号略〉においては、その目的からして、原告代表者としては、最大限自己に有利な質問をして、石橋から予定した供述を引き出そうとするはずであるのに、右無断買付けについては、石橋から何の供述も引き出していない。原告は、〈書証番号略〉3及び4ページの会話が石橋において無断取引を認めた証拠であると主張するが(平成五年五月一八日付け原告準備書面第三の三の(三))、石橋のどの発言も原告主張のように解することができない。

さらに、本件東レ株の買付けにおいても、被告の所定の部門からそれを記録した書面が原告に送付されたはずであるのに、これに対して、原告代表者が遅滞なく異論を述べた形跡はない。

これらの事実に照らせば、本件東レ株の買付けが原告に無断でなされたとする原告代表者の前記供述部分は、たやすく信用できず、他にこれを裏付ける十分な証拠はない。

したがって、本件東レ株について無断買付けがなされたことを前提とする原告の請求も理由がない。

2 なお、仮に原告が、本件東レ株の買付けについて、石橋による損失保証又は利益保証の約束の履行請求を請求原因とするよう請求を変更したとしても、前記一及び二に説示したように、その約束自体が公序良俗に反する無効なものであるから、損失保証ないし利益保証の約束の有無を審理するまでもなく、これを認容する余地はない。また、損失保証ないし利益保証をしたことを不法行為ととらえ、あるいはそれらの約束に基づく給付を不当利得ととらえる請求に変更したとしても、それらの約束の有無を審理するまでもなく、これを認容する余地がないことは、前記三に説示したとおりである。

六よって、原告の請求は理由がないから、棄却することとする。

(裁判長裁判官園尾隆司 裁判官盛髙重久 裁判官伊勢素子)

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